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最高裁判所第三小法廷 昭和36年(オ)258号 判決

上告人

山地泰靖

右訴訟代理人

松本茂

被上告人

井口高義

主文

原判決を破棄し、本件を高松高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人松本茂の補正上告理由第二点および上告人の上告理由(二)ないし(一四)について。

原審判決は、昭和二八年三月一六日高松簡易裁判所において、上告人と被上告人間で、(1)被上告人は上告人に対し約束手形金四万五、〇〇〇円および高松地方裁判所昭和二八年(ワ)第二三号事件の訴訟費用中金一、〇〇〇円合計金四万六、〇〇〇円を昭和二八年四月一七日上告人方に持参支払うこと、(2)もし被上告人において前(1)項の債務を履行しないときは被上告人は上告人に対し前(1)項の金四万六、〇〇〇およびこれに対する前(1)項所定の期日の翌日より年一割の割合による利息を付加して一時に支払うこと、(3)上告人は被上告人において前(1)(2)項の債務の履行をしたときは本件不動産に対する仮登記の即時抹消手続をすること、などの各条項を内容とする調停が成立したことは当事者間に争いがないとしたうえ、所論の売買の予約について、同二六年三月五日所有権移転請求権の保全として仮登記がされていて、これは当初被上告人が上告人に対し負担している貸金(元金四万五、〇〇〇円)債務の担保のためにされ、被上告人が債務の履行を怠るときは右の予約の完結権の行使により貸金債務の弁済に代えて本件不動産の所有権を上告人に移転する趣旨のものであつたこと、本件調停は上告人の被上告人に対する手形債権のみならず、右貸金債権およびその担保のためにした右予約完結権をもその対象としたものである旨を認定しているが、右認定した事実は、原審判決挙示の証拠により、これを肯認しえないわけではない。

ところが、原審判決は、右説示に続き、さらに、(イ)右調停の期日において、上告人は、被上告人が期限に債務を履行しないときは、弁済に代えて本件不動産の所有権を取得できるように明定されたい旨申し出たが、調停主任裁判官、調停委員らは債権額に比し、本件不動産の価格が過大であるとの理由でこの申出を容れなかつたこと、(ロ)そのため上告人は調停条項に不満であつたけれども、事件の解決のため、調停条項に応じて調停が成立したことを認め、右(イ)、(ロ)の各事実と本件調停条項をあわせ考えると、本件調停は、上告人に対し債権元本その他の合計金四万六、〇〇〇円およびこれに対する期限後の年一割の遅延損害金をこえる利益を与えない趣旨で成立したものと認定したうえ、さらに前記売買の予約の担保としての性質は、本件調停の結果、当初の代物弁済的性質から、被上告人が履行期を徒過したときは上告人において予約完結権を行使して本件不動産の所有権を取得したうえこれを処分してその売却代金で債務を清算すべき性質のものに変更されたものと認めるのが相当である旨判示しているのである。

しかしながら、この点に関する原審判決の判示は、ただちに納得しがたい。すなわち、本件調停の各条項において原審判決説示のような売買の予約完結権の性質の変更に関する記載のないことは、前述した本件調停の各条項の内容自体に照らして明らかなところ、かりに本件調停において、原審判決説示のように右予約完結権の性質の変更の合意が成立したとすれば、これこそ被上告人が本件調停により得べきもつとも大きい利益というべきであるから、このような重大かつ基本に関する法律関係の変更は、調停条項に明示するのが通常であると思料される。

したがつて、このような合意が成立したにかかわらず、これを調停条項に記載しないというようなことは、特段の事情の存することを必要とすべく、このような特段の事情のないかぎり、調停条項中にそのような合意が成立した旨の記載がない以上、むしろ、そのような合意は本件調停において結局成立していなかつたものとみるのが妥当である。

ところで、原審判決が前記予約完結権の性質を変更する旨の合意が成立したとする事情は、前記の(イ)および(ロ)の事情のみであつて、このような事情では、まだもつて前記にいう特段の事情と認めるわけにはゆかない。すなわち、(イ)の事情についていえば、上告人の申出を認めると、期限に債務を履行しないときは本件不動産の所有権が即時上告人に移転することになつて、被上告人にとつてかなりの不利益となるから調停主任裁判官らが右申出を許容しなかつたにすぎないと解すべきであり、また、(ロ)の事情も、上告人は本件調停で得るところがなく、ほとんど一方的に被上告人に対し譲歩するのみであつて、不満であつたが、前記の予約完結権をそのまま上告人において保有するから本件調停に応じたと解するのが相当であつて、いずれも、前述した特段の事情とするには足りず、結局、原審判決の認定の事情のもとでは、前記予約完結権は本件調停の対象となつたが、そのままの形で存続したものと解するのが相当といわねばならない。

以上のように、特段の事情を判示することなく、本件調停の各条項に明示されていない前記予約完結権の性質の変更について上告人被上告人間にあらたに合意が成立した旨を判示する原判決は、理由不備でなければ審理不尽の違法があるというべく、論旨は、結局、理由があるというべきである。

よつて、これらの点についてさらに原審をして審理させる必要があるから、その余の論旨に対する判断を省略して、民事訴訟法第四〇七条第一項の規定にのつとり、原判決を破棄して本件を高松高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官五鬼上堅磐 裁判官石坂修一 横田正俊 柏原語六 田中二郎)

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